第6回織部賞授賞式レポ

ワダエミの流儀「一度やったことは二度とやらない」


11月4日、岐阜県多治見市のセラミックパークMINOで開催された第6回織部賞授賞式に参加した。古田織部の精神を受け継ぐ各界の名手を讃える賞である。受賞対象は「正統でありながら、正統が陥りやすい通俗化を乗り越えていく。血統のちがいも平気でうけとりながら、誰もが想像もできなかった新奇な世界を創り出す、そんな仕事を現代にやりつづけている方々」(by選考委員長・磯崎新)。

今回のグランプリは、衣装デザイナーとして世界を舞台に活躍するワダエミさん。ピンクのジャケットを身にまとったワダさんの名が呼ばれると、会場の空気は一気に華やいだ。これまでアカデミー賞やエミー賞で最優秀衣装デザイン賞を受賞してきたが、意外なことに日本での受賞はこれが初めてなのだそうだ。目利きの揃った織部賞ゆえの受賞である。


今回はセイゴオさん(ここでは校長ではなく)が絶賛するワダさんの世界に触れたくて、岐阜へ向った。

織部賞授賞式にはこれで3度目の参加となる。遠路はるばる駆けつけてよかったといつも思うのだけれど、今回は特にワダさんの一言一言に多くのヒントをいただいた。なんでもワダさんは、映画全体の色を際立たせるために、常に“死に色”を大事にしているという。活かす色あれば死に色あり。

選考委員であるセイゴオさんとの対談で、「映画の衣装プランはどうやって生まれていくのか」という質問に対して、ワダさんは「歴史映画の場合、戦に勝った方の資料は沢山残っていますが、負けた方の資料や文献はほとんど存在しないんです。だから監督には、負けた方の衣装を想像を膨らませながら考えてほしいとオーダーされますね」と答えた。

敗者の歴史は勝者によって抹殺される宿命だ。歴史はあたかも勝者が築いてきたように描かれがちだけど、光と影でいえば「影」にこそ、膨大な情報が深々と眠っている。ということは、ワダさんは奪われた歴史の記憶を映画衣装というメディアを通して再編集しているといえそうだ。

誰もが通り過ぎてしまうもの、欠けて見えないものに目を向け、全身全霊をかけて挑み続けるワダさん。かつてセイゴオさんは「欠けているものがあるからこそ、卒然と成立するものがある」と語っていたけれど、そこを引き受けてイメージの翼を羽ばたかせ、衣装に仕立てているのがワダさんなんだ。(ちなみに日本映画のエキストラの衣装は使い回しすることがほとんどだけれど、ワダさんはたとえ千人分のエキストラの衣装でも、手を抜かない。一枚一枚、糸の選定から織り、染め、デザインを手がけている。しかもほとんど一人で!)


その後は、海外ばかりから仕事の引き合いがきて、まったく日本からの依頼がなかったこと、黒澤監督の映画「乱」の衣装を担当するようになったいきさつや、衣装デザインをはじめることになったきっかけなどの話が続いた。「衣装デザイナーという自覚はあまりないんです」という言葉もあった。おそらく他の受賞された方々も、肩書きや職種という枠をさほど意識していない方ばかりだろうと思う。

時間の都合で急ぎ足での対談だったけれど、セイゴオさんは「これだけは」といわんばかりの勢いで、「この日本のていたらくに対して、思いの丈をぶつけてください」と促した。それに対してワダさんは、

「日本にも優れた作り手はいます。しかしそれらを出会わせる優れたプロデューサーがいないのですよ」

・・・ガッテン!ガッテン!

織部賞は、本物や目利きに出会える滅多にない機会。次回も楽しみにしております。岐阜県、よろしく!



前列が受賞者。左から高橋睦郎さん、林屋晴三さん、ワダエミさん、山田脩二さん、岩井俊雄さん

受賞者のコメントをMEMOります(一部パンフレットの抜粋含む)。

◆高橋睦郎さん(詩人)
母一人、子一人の家庭で育った。手っとり早く遊べるのが言葉だったんです。その頃、生と死が日常的なものだった。そうそう、ある人にいわせれば僕の家は霊がいっぱいいるんだそうです。だからとても賑やか。詩や句なんてものは、僕ひとりではつくれない。“かれら”の力が必要なんです。お葬式の後でもお浄め塩はポイと捨てて、「さあ、家にあがりなさいよ」と連れて来るんですよ(笑)。

◆岩井俊雄さん(メディアアーティスト)
光と音をどうつなげるか。映像と音楽をどうつなげるか、ということに関心を持っています。なぜ僕がこのような仕事をしているかというと、小学校3年生のある日、突然母から「今日からおもちゃは買いません」という宣言されたことが大きかった。その代わりに手作りのおもちゃをつくる本を僕に与えてくれたんです。それを週末になると父が一緒に作ってくれた。それが今の僕につながっています。

◆林屋晴三さん(東京国立博物館名誉館員)
私がライフワークとしている現代の美術や工芸作品のなかから個性的な造形性のある作品を見立て、年に5回ほど茶会を催していることが、選考基準にある時代を先取りする気風に満ちたものに当たると私なりに考えた。…取り合わせや組み立ては「思いの世界」であろうと思っています。


◆山田脩二さん(淡路瓦師・カメラマン)
「オレの人生、焼き入れ続け。二十代は写真・デザインの雑務と雑仕事の経験と修行。三十代は特異なスタイルを持った写真を焼き込み、四十代は大量の土で瓦や土管をドカンと焼き、五十代は雑木林に入って炭焼き現場に…。六十代に老化した残り僅かな気力、体力に風前のかすかな火をつけて写真も土も木も焼き、スミから炭まで焼いて灰になってハイ…サヨウナラ。焼きと酔いが回ったゾ……」(ホントにお酒を飲みながら、磯崎さんと対談してました)

受賞者の言葉からは、組み合わせや重ね合わせ、何かと何かをつなげて生じる創発をそれぞれの分野で楽しんでいるように感じられた。果たして平成の織部は、まだ九州にいるかしら。

駆け足レポートで失礼しました。では、よい週末を♪

▼WEB ORIBE
 http://www.pref.gifu.lg.jp/pref/s11151/e_oribe/

2007年11月10日

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comments

写真のアングル、お見事ですね!

それにしてもワダエミさん、なんて素敵なこと。

別の場でも書いたことなんですが、先日ちょうどDVDでチャン・イーモウ監督の映画「英雄~HERO~」を観て、ワダエミさんの衣装に瞠目、感動したばかり。衣装デザイナーというよりもアートディレクターと感じました。そして俳優たちの演技を大叙事詩の域に到達させたのは、あの衣装も大きな要因だったと。

得点映像でワダエミさんのインタビューと、一枚一枚別染めという衣装部屋を垣間見れたので、織部賞授賞式に参加できなかったことはガマン。

内容的にも、アジア人であることを誇りに思えるものでしたが。。。ワダさんの日本での受賞はこれが初めてって、一体どういうことなんでしょうね。

それから紹介してくださったWEB ORIBE、面白いですね。ひとあじ違う読みごたえでした。

  • ウミウシ
  • 2007年11月14日 01:30

埴谷雄高氏を久しぶりに、思い出しました。『死霊』:日本にも、見えないもの滅びたものに対する「もののあわれ」・様々のものが去来する。大宅壮一氏が言った、「日本総白痴化」は確実に進行している。根本的問いや思索や想像力は、無くす方向に向かいつつある。是非、一歩立ち止まり、風の音や、虫の音を楽しむ、『にほんすき』で居ませんか・・・。

  • 摩訶不思議テオ
  • 2007年11月18日 13:28
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