第一回定期総会「玄會」開催

8月18日と19日、一泊二日で九天玄氣組初の定期総会「玄會」が開催された。場所は福岡・宗像。今回のテーマが「古代九州」であるがゆえの選定だ。定期総会だけに組の運営や体制などの話し合いが本来の目的だが、せっかく宗像に来たのなら、ということで、スペシャルコースを深紅頭(=福岡本部長)のタナヒロさんがセッティングしてくれた。その一部始終をダイジェストでお伝えする。

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2007年08月31日

組員自己紹介・きしとるさん

【お名前】岸本 亨(きしもと とおる)
【職 業】自営業(相棒と共に事業模索中)
【出身地】熊本県
【居住地】熊本県熊本市
【受講歴】12期「守」ぴんぴんもぎもぎ教室(木村尚子師範代)
     14期「破」放課後あかり教室(オカムラナヲエ師範代)
     第三季「離」万酔院(相京範昭別当師範代・中野由紀昌別番)

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2007年08月29日

組員自己紹介・マツナガさん

【お名前】松永 真由美
【職 業】会計事務所職員
【出身地】千葉県船橋市 
【居住地】千葉県船橋市
【受講歴】
  7守 ガッテン知弁教室(入江師範代、田中晶子師範)
  7破 Q段活用教室(立岡師範代、相京師範)
  14守 みさき窯変教室(竹島師範代、稲本師範)
  3 離 万酔院(相京師範代、中野別番)

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組員自己紹介・ミツコ@島根さん

【お名前】中村 美津子
【職 業】教材通販会社(幼児教育が主)で海外事業を担当
【出身地】鹿児島県南さつま市(旧加世田市) 
【居住地】島根県江津市
【受講歴】
  11守 コピーバーナ教室(松田師範代、高柳師範)
  11破 森の都は豆印教室(森師範代、野嶋師範)
  第5期 花伝所(西川師範、斉藤師範)
  15守 うきしまかるた教室(田中師範代、小林師範)

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組員自己紹介・多香洲さん

【お名前】多香洲智子
【職 業】通信関連会社勤務
【出身地】福岡県北九州市
【居住地】福岡県北九州市
【受講歴】 5守(エト乱世教室)
      15破(ロール・ロンド・ロード教室)

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組員自己紹介・小川さん

自己紹介です
以前、組長から脅され、
自己紹介終わったよなあ〜と思いながらも
フォームに従って、再度の一放。

【お名前】小川景一
【職 業】自営業
【出身地】鹿児島県薩摩川内市(甑島) 
【居住地】鹿児島市−中国・桂林市をあっちこっち
【受講歴】
『守』10期 レタス乱打(小西師範代・古野師範)
『破』10期 敢然ナジミーム(鈴木師範代・野嶋師範)
『花伝所』2回 やまぶき道場(今井師範・小池師範)
『離』 2季 万酔院 (相京別当師範・中野別番)

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組員自己紹介・古野さん

【名 前】古野伸治
【職 業】会社員
【出身地】東京都(父が博多、母が宮崎)
【居住地】千葉県
【受講歴】6守・生徒  (あんたっぷり教室)
     6破・生徒  (笹鳴かしこ教室)
     8守・師範代
     8破・破師範代(縁起ニア教室)
     9破・師範代 (縁起設計教室)
     10守・師範  (童感どんと教室、一撃シンドローム教室)
     12守・師範  (スズカゆれる教室、胸中さんずい教室)
     13破・師範  (1682ターン教室、ふたこぶ外道教室)
     1季・学衆  (玄黒院)
     3季・別番  (放恋院)
     花伝所・師範
     市民記者養成講座コーチ(藤沢、ちちぶ、三鷹)

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サコムラ マサルさんの自己紹介

【お名前】サコムラ マサル(迫村 勝)
【職 業】大学教員
【出身地】神奈川(両親が大分出身)
【居住地】横浜
【受講歴】7守バー月界教室  (大澤師範代・森由佳師範)
     7破とても跳び蟻教室 (今井師範代・倉田師範)
     10守千夜天丸教室   (平岡師範代・稲本師範)
     10破童感どんと教室
             (西川あづみ師範代・古野師範)
     第2回花伝所むらさき道場
             (奥野花伝師範・野嶋錬成師範)
     13守破マッハのんりに教室 師範代
     第3季離放恋院  (倉田別当師範代・古野別番)

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古代九州への呟き・その3

久しく間が開きましたが、今日は古代九州、古代日本を語る上での最重要必須文献、『魏志倭人伝』についてです。

『魏志倭人伝』は、正式には『魏志東夷伝倭人条』。『魏志』は曹操・孫権・劉備の三傑で有名な三国時代を統一した魏王朝の歴史を、後継王朝の晋(西晋)時代にまとめたものになります。そしてここに、古代日本最大の王権である邪馬台国と女王卑弥呼のことが書いてあります。

西暦239年、卑弥呼は魏の文帝(曹操の息子・曹丕のこと)に使いを送り、おそらくはその返使が魏から邪馬台国へやってきたと思われます。その際に、邪馬台国へ向かう道程が比較的詳しく記されています。これはほかの書物にはないもので、「邪馬台国はどこにあったか」という謎へ向かうときの基本文献になっているのです。


その路程とは、ごく簡単に記すと以下のようなものです。

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2007年08月03日