自己紹介遅れてました:前田テオ
ISIS方式の自己紹介:
男前中野組長・東京支部長Snobbistマサトシさんの爪の垢を、少し戴いて
九天玄氣組東京支部見習い:前田テオ光久(テルヒサ)です。
<九州とのご縁> 1950年佐賀県伊万里生まれ(18代続いた前田家嫡男)
高校時代は、エンプラ寄航に備えて、生徒会の自治は政治色の無い生徒会議長。
自慢は破られない佐世保一周校内18KMマラソン一位(以後コース変更のため)
大学受験に失敗し、離九し大阪空港に勤務。
1970年:メソジスト系大学へ入学。友人と九州横断旅行(天草・阿蘇・湯布院・別府・杵築石仏めぐり)
1974年:ベルギー人ご夫妻をし佐世保市鹿子前の実家に泊め有田・伊万里・唐津・平戸へ案内。
一楽二萩三唐津は、陶器の伝播系統の逆である事を説明。彼は今はルーベンキリスト大学
の東洋学部長・正岡子規選考委員等
1975年:米国人船舶技師を実家の正月へ招待。(2002年BOE社研修の折、訪問するも故人に)
この頃叔母が、修験道場を伊万里で始める。(火渡りの儀式等も)
1999年:両親の金婚旅行を、義理の両親と家族で、湯布院・国東(祖父の出身地)半島めぐりをする。
2003年:九州33観音巡礼を個人で始める。
<松岡正剛校長とのご縁>
著作本では、岩井寛DRとの「生命の境界線」「遊」「ルナテックス」「遊行の博物学」等、
なぜか、東京の人なのに、京都ぽいと思ってました。また、工作舎の本には、色々
惹かれました。多分、自分が、理系に失敗して、働きながらの昼間の大学に行き、
システム研究会や、大学祭実行委員を、一年次より、開会式を担当したり、
総合セミナーで、システム理論などを専攻。中学時代は、鉱物採集が趣味だった事等、
共通点も、おこがましいがあるような気がします。
参禅では、当初学生も参加可能な、山田無文老師の神戸の祥福寺。
最終的には、大徳寺聚光院に、三十年以上の付き合いになります。今は、千住博氏の
襖絵を、NYから空輸した(成田受け入れ担当兼当時北米担当)が、伊東別院の住職とが
長い付き合い。蓮塾(校長と漫画家他のコラボ?)の話は、イワクラ研究会の高名な女性
漫画家から。
<ISIS並びに編集学校>
実験段階から、参加ですが、業務が忙しく、去年大川頭取の門前講座を受けて
<<15守>>のほほん鬼龍院 清水師範代・伊東真由美師範 卒門
<<15破>>なみなみインベスト 石田直樹師範代・赤羽師範:学修
<九天玄氣組でやりたい事>
A社総研の放談室にも書きましたが、九天玄氣組の玄氣と東京の元気を交流して、
少しでも、九州が元気になり、東京が少しでも人間的になり、
温かい通貨が通い合えればと思ってます。(シュタイナー銀行的)
研究したいのは、イワクラ研究会的には、米神山・国東半島等。
自然哲学的には、三浦梅園関連書や松浦静山の甲子夜話等。
岡崎嘉平太氏では、ないですが、「信は縦糸、愛は横糸、人の世を、織り成せ美しく」
で、やれればと思っています。
まだまだ足りない、ない物ねだりですが、志だけは、高くありたいと思ってます。
まわりから、今から、ここから、変えられるものと、変えられないものの、
見極めつけて、一歩一歩、微笑みながら、やっていければと思っています。
まだまだ、見習いの身分で、生意気な・・・かもしれませんが、以後よろしく
お願いします。
テオはTHEODRICの略称で、昔イギリス研修の折、照り焼きテリーといわれた事に
反発してです。西本願寺所属の門徒で、菩提寺は伊万里明善寺です。
ただ、賛美歌も歌える門徒です。聖書講読は必須でしたので、一通り
欧米の友人たちとも、話せます。神道の説明は、困難でしたが、ロス事務所開設は
神道式でやったため、説明求められかじりました。
- by 摩訶不思議
- at 22:18
2007年04月03日

comments